アオのプロフィール

自己紹介

ご訪問ありがとうございます!

すべての人が会社の給料に頼らず、自分の力で稼ぐノウハウやスキルを身につけることができるような世の中を目指して活動しているアオといいます。

 

4年間勤めた陸上自衛隊を後先考えずに退職して、半年以上自給自足ヒキニートしてました。

素直に「ニート最高!」と思っちゃいましたね。

どうにかずっとニートしてたいと思ったので、がっつり稼ぐ方法について必死に勉強中です。

 

信念

難しいこと、回りくどいこと、つまらないことはすぐにゴミ箱へぶん投げます。

幸せの定義は人それぞれ違う。

でもそれを構成する要素には絶対に『お金』が絡んできます。

「お金がなくても幸せ」なんてあり得ない。世の中カネです。

 

でも、お金よりももっと大事なのは『時間』だと思っています。

お金は時間を手に入れるための引換券のようなものです。

お金自体に価値はない。

 

どんなにお金を稼いでも、それを若いうちに使えなければ意味がありません。

だって自分がジジババになってからの世界がどうなっているか分からないですよね。

そもそも定年退職するまで生きていられるかさえ怪しいところです。

 

なので、お金だけじゃなく、自由に使える時間も手に入れたい。

僕は「適度なお金と自由な時間を両立させて初めて自由になれる」と思ってます。

そして僕だけじゃなく、みんながお金に縛られた人生から解放された社会になって欲しいです。

 

会社で労働してもらう「給料」としてのお金じゃなく、人に与えた「価値」によって生まれるお金を生活に繋げたい。

それぞれが自分の得意なこと、好きなことを仕事として、お互いのサービスや商品に対してお金を払う社会。

そうやって企業単位じゃなく、個人単位でお金が回ったら最高だし、なによりも楽しそう。

 

そんな世の中になって欲しいので、これからの時代に合ったお金の稼ぎ方をどんどん広めていこうと思ってます。

 

経歴

アオ(青木 彰吾 / Shogo Aoki)
1990年12月生まれ。北海道出身。

父親のいる母子家庭という非道徳的な環境で育ちました。

幼少期はたまにどこからか車に乗って現れる父親のDVを受けながら、母と姉との3人で市営住宅の小さな部屋で質素に暮らしていました。

激貧乏だったから、唯一の幸せ海苔に塩をかけて食べること。

自動販売機の下によく手を突っ込んでいた記憶があります。

結構落ちてるんですよ。小銭。

 

保育園時代、小学校時代は共に気性が荒くて、常に誰かと殴り合いの喧嘩をしているような子供でした。

当時の『得意なことは窓ガラスを素手で割ること』です。

親からのDVの影響もあったのかもしれません。

この時は、DVにあった姉から僕がDVを受けるという負の連鎖が発生していたので、子供ながらにしてストレスはハンパじゃなかったと思います。

 

本気で親と姉が大嫌いでした。

「家族の悪口を言うのは良くない」とか言う人が結構いましたが、理不尽に暴力をふるってくる人をどうやって好きになれるわけもなく、家族の話になると不快な気持ちでいっぱいでした。

 

一度姉に包丁を突きつけたことがありましたが、突き刺すまでの勇気もなかった。

結局、ただ暴力に耐える日々を過ごすことになります。

 

中学生になってからは、姉が家を出て、父のDVの頻度も減り、僕の性格も少し落ち着いた感じでした。

 

中学時代は陸上部に所属し、走り高跳びで全道大会に2度出場しましたが、いずれも予選落ち。

自分より高い壁を乗り越えることができなかったという事実は、今思い返してもめっちゃ悔しいです。

今度、陸上競技場に行って再チャレンジしてやろうと思っています。

今でも175cm跳んでやりたくてうずうずしてます。

 

中学では文武両道をうまくこなしていたので、成績はトップ10に入るレベルでした(同学年400人中)。

高いレベルの高校に入るということにベネフィットを感じなかったので、地元の高校(普通科)に推薦入試であっさりと合格します。

 

高校では陸上部へは所属せず、マンガ『BECK』の影響でFender Japanのテレキャスター(エレキギター)を購入して、ラーメン屋でアルバイトをしながらギターボーカルとしてバンド活動をしていました。

ギターはもちろんFender Japanのテレキャスターです。白っぽいやつ。

 

高校3年生になった頃、建築に興味があったので、工業大学への進学を決意します。

しかし、親に奨学金の保証人になることをを拒否されてしまったため、受験を諦めて新千歳空港で働き始めました。

 

ここで得た給料は、借金を抱えた両親に給料のほとんどを搾取されていました。

それも借金があるにもかかわらず、頻繁に外食に行きまくってる親にですよ?

正直何のために働いているのか分かりませんでした。

このときの僕には『親孝行』の3文字は理解できなかったので、苛立ちを隠すことができなかったです。

 

だって自分の手元には2、3万円くらいしか残りませんでしたから。

どんなに頑張って働いても給料を搾取されるという生活に嫌気が差したので、高校卒業から2ヶ月後に一文無しの状態で家出。

今でも鮮明に覚えているくらいの大喧嘩でした。

とはいえ、出て行く気満々だったので、荷物は完璧にまとめていたし、友人に車を出してもらう約束まで済ませていました。

 

「言うことが聞けないなら出て行け!」

「言われなくても出てくわ」

 

そういってすぐに友人に電話をして、車に荷物を積み込み始めたので、親は唖然としていました。

まさか本当に出ていくとは思っていなかったようです。

最後に色々と罵声を浴びせられましたが、もう関わることのない人間たちだと思っていたので、振り返ることすらありませんでした。

 

ここから、友人の1Kの部屋に転がり込んで、男二人で半年くらい暮らしました。

アルバイトなんて高校の頃にラーメン屋で働いたことがあるくらいで、何をしたら良いのかさっぱり分からなkったのですが、街を歩いていたらホストにスカウトされたので、ノリでなってみることにしたんです。

チャラいイメージがあると思いますが、裏側は地道な努力の積み重ねです。

 

店に来てくれる人を頑張って捕まえて、店に来てもらっても、そこから自分の顧客になってくれる確率はかなり低い。

他のホスト仲間の顧客の友達が顧客になってくれるというケースも少なくないので、自分の顧客以外にも力を入れて接客をしなければならない。

「面白くない」「イケメンじゃない」などの罵声を浴びせられることもありました。

 

ホストクラブで働いていたときは、女性がどんどん嫌いになっていく感覚があったのを覚えています。

これまで人と喋るのが嫌いだった僕は、ホストクラブで働いたことでかなりトークスキルを身につけることができました。

 

どうやったら面白いと思ってくれるのか?

どうやったら自分のことを好きになってもらえるのか?

 

こんなことを考えながら接客をしていたら、自分でも人と喋るのが楽しくなってきて、今では人と喋るのが大好きです。

 

とはいえ、ホストは顧客を作るまでにどうしても時間がかかります。

ホストクラブの収入で生計を立てるのは少し無理がありました。

少なからず半年はやらないと、安定した顧客数を獲得するのは難しかったからです。

 

「このままだったら死ぬ」と確信したので、2ヶ月でホストクラブを辞めて、警備員のアルバイトを始めました。

経済的には苦しい生活でしたが、精神的には楽でしたね。

警備員の給料はそこそこ良かったので、生活には若干余裕が生まれました。

 

このとき、本人は気にしていないとは言っていましたが、友人の家に居座ることの罪悪感がハンパじゃなくなってきたので、どうにかしようと思い立ちます。

とはいえ、自分で部屋を借りようにも、未成年のフリーターで且つ保証人がいないという状態で借りられる部屋なんてありませんでした。

頼れるのは唯一の肉親である姉だけだったわけです。

 

姉も家を出たいと思っていたらしく、すんなりと札幌で姉と2人暮らしを始めることになります。

お互い大人なので、殴り合いの喧嘩はありませんでしたが、生活の上での言い合いはありました。

とはいえ、僕はアルバイト以外の時間は部屋に引きこもってオンラインゲームにふけっていたので、特に一緒に何かをすることはなかったです。

今思い返すと良い思い出です。

友人と姉には恩を返しても返しきれません。

 

その後、さすがに保証人のいない未成年のアルバイト生活に限界を感じたというのと、知り合いからの誘いもあったので、陸上自衛隊への入隊を決意します。

寮暮らしになるので、姉と借りた部屋は引き払いました。

 

正直めっちゃ嫌だった。

自衛隊の試験は受かりづらくなってきていると言われていたので、「どうせ受かんないだろう」という軽い気持ちで、一切対策することなく試験に望みました。

そして受かっちゃいました。

 

胸が締め付けられるようなストレスを感じたことを鮮明に覚えています。

丸坊主で集団生活からの肉体労働?

ありえない。

一人の時間が大好きな僕にとっては最悪の職場と言えるでしょう。

 

でも過酷だったのは最初の半年くらいだけでした。

教育が終わって、髪の毛をある程度伸ばせるようになってきてからは、自衛隊の生活にはすっかり馴染んでいました。

 

僕は自衛官になったことで、人生で初めて安定した生活を手に入れました。

そして偶然が重なり、最終的な配属先が地元である千歳になりました。

これは東日本大震災の影響です。

僕の入隊が決まった数ヶ月後にあの大震災が発生したんです。

 

そして千歳に帰ってきて、僕は2年ぶりに父に会うこととなり、自衛官になったことを伝えました。

もちろんこれは親と仲直りするためではありません。

休暇中の外泊先として部屋を借りようとも思ったのですが、地元でわざわざ部屋を借りるのもバカバカしいので、金を払う代わりに荷物を置かせて欲しいという交渉をしに行ったわけです。

 

久しぶりに会った父は、白髪が増え、子供でも入っているんじゃないかというだらしない腹で、杖を付いていなければまともに歩けないような状態となっていました。

僕は淡々と要件を伝え、ダメならダメで良いからさっさと返事をして欲しいという旨を伝えると、あっさりとOKが出ました。

月3万円で実家を好きに使えるようになったのは、僕としては結構大きな成果です。

荷物を置くだけなら、もっと安く借りる方法もありましたが、やっぱり実家の居心地には敵いませんから。

 

実家には、母と愛猫の『あずき』だけが暮らしていました。

あずきは僕がDVを受けた後には、何故か僕のそばにいてくれました。

来て欲しいときに呼んでも来ないくせにね。

猫ってそういうもんなのかな。

 

そして実家の使用権を手に入れた僕は、地元の駐屯地で自衛隊生活を満喫しました。

本当に楽しかったし、多くのものを得ることができました。

 

この頃はタバコを吸い始めたり、休日は常に飲み歩いたりするなど、めちゃくちゃ金遣いは荒かったですね。

もちろん最高に楽しかったです。

あ、ちゃんと自衛官としての仕事もしてましたよ。

 

 

同時期に同じ小隊の先輩(プロ並みの歌唱力)の影響でボイトレ教室に通うことを決意し、教室のメンバーと様々なイベントに参加したりして、しばらくできていなかった音楽活動を再開します。

歌うのが楽しくて楽しくてたまらなかったです。

多くの人の前で歌う瞬間の緊張感が好きでした。

 

 

元々一生自衛官でいるつもりはなかったので、4年間の自衛隊生活を経て、元からあった漠然とした独立願望を叶えるために退職を決意します。

自衛隊の時間の制約は大きすぎる。

金、土、日しか駐屯地の外に出ることはできないし、日曜日の夜には寮に戻らないと行けないので、実質丸一日使えるのは土曜日だけ。

さらに休日にいきなり呼び出されることも少なくない他、当直や残留などの休日でも外に出られない日が月に一回は必ずある。

 

お金はあるけど、自由に使える時間が全然なかったわけです。

だからどうにか時間を手に入れたいと考えました。

 

とはいえ、この頃は手段についてはなにも考えていませんでした。

今考えるとかなりバカですね。

 

そして自衛隊を退職後、千歳から札幌に移住し、情報を集めながらアルバイトを始めます。

初めての一人暮らしを今現在も満喫中です。

好きなときに外出できるというのは、自衛官ではできないことだったので、平日に飲みに行ったりもしてます。

今まで行けなかったイベントも、自由に行くことができるので、やっぱりシャバは良いなぁと改めて実感しました。

 

 

なぜだか分かりませんが、札幌で暮らし始めてから、衝撃的なライフイベントが増え始めています。

特に愛猫は、ちょうど実家に向かっている途中で死んでしまったので、間に合わなかった悔しさと悲しさは多分一生忘れられません。

今思い返しても、悲しくて仕方がないです。

そのくらい大切な家族でした。

 

 

そして色々と因縁のある姉でしたが、結婚が決まったときは正直ホッとしました。

本気で殺してやろうかと憎んだ時期もありましたが、大人になった今としては素直に幸せになって欲しいと思います。

 

 

今の僕はそこそこ時間はあるけど、お金がない状態です。

時給制のアルバイトのくせに休みまくってるから当たり前ですけど。

だから、僕は自分の力で稼ぐ術を学び始めました。

ずっと貧乏だった時代と、お金はあるけど時間がない時代。

 

その両方を知っているからこそ、そのどちらも手に入れることの尊さが分かります。

そして僕はその術を知りました。

それを多くの人に伝えるためにこのブログを立ち上げたわけです。

 

みんなが自由をつかみ取れるようになって欲しいを心から思っています。

僕があえて「つかみ取る」という言葉を使うのは、自分で動かなければ自由にはなれないからです。

「楽して稼ぐ」「たったこれだけの作業で◯万円」みたいな胡散臭いものを僕は発信しません。

 

稼ぐ力は自分で頑張ってつかみ取るもの。

行動したくない人は一生、金か時間のどちらかだけしか持っていない状態で行きていけば良い。

つかみ取る覚悟があるのなら、ぜひ僕と一緒に頑張りましょう。

 

メディア紹介

以下のようなメディアで情報発信をしています!

  1. メルマガ:パーソナルビジネスマスター講座として、個人ビジネスのビジネスノウハウを基本から応用まで分かりやすく発信しています。いわば教科書的に活用して欲しいと思っています。
  2. LINE@:タイムリーな情報をシェアしています。SNS活用方法やイベント情報などをいち早く発信しています。
  3. Facebook:プライベートなことからビジネスに有益な情報まで幅広く発信しています。不定期でFacebook LIVEを配信予定です。
  4. Twitter:思ったことをつぶやいています。
  5. Instagram:プライベートな内容を中心に発信しています。
  6. note:音声を使ってビジネスノウハウを発信予定。

 

活動履歴

2016/10/23 ブログ開設

2016/02/01 オンラインビデオチャット企画

2017/04/16 メルマガ配信開始個人ビジネスコンサルティングサービス開始