【否定ばかりするあなたへ】『嫌い』を伝える前に『好き』を伝えろ

昨日、久しぶりにはてなブックマークを開いてみました。

人気エントリーの中に「日本バンド、時代遅れすぎる」というバンド好きの僕には見逃せないタイトルの記事があったので、少し覗いてみたんです。

「タイトルの付け方は学ぶものがあるなぁ」とか少し関心しちゃいました。

 

内容は8行程度しかないペラッペラなものだったので、あえてリンクは貼りません。

簡単に言うと、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)が流行ってる時代にいつまでもバンドミュージック聴いてる日本は遅れている的なことが書いてありました。

ツッコミどころをあえて入れておくとバズりやすいとか、誰かが言っていた気がしますが、これはまさに良い例ですね。

どこからツッコめば良いのか悩むレベルにツッコミどころ満載です。

あえて反感を買うようなタイトルを付けて、まるでツッコミ待ちかのような内容を書けば、たった8行でもPVを集められるんですね。

 

この著者がPV数を稼ぐことを目的としてこの記事を書いたかどうかは分かりません。

まぁ、それは今回とりあえず置いておきましょう。

 

この記事(?)を読んで気になったのが、自分の好きなものを「好きだ」と周りにいうことを怖がっている人がまだまだ多いのかなってことです。

 

一言でいうと、

自分が好きならべつにそれでいいんじゃね?

 

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周りよりも自分を見つめる

自分の好きなものを周りに発信するのに遠慮なんていりません。

でも、自分の嫌いなものを発信するのには遠慮しなければならない場合があります。

なぜなら、あなたの「好き」に比べて、「嫌い」は人を不快にする可能性が高いからです。

 

あなたが自分の好きなものについて、全て発信しきったというのなら、嫌いなものについて発信するのもいいでしょう。

でも多分それはあり得ません。

だって好きなものってひとつじゃないですよね?

ひとつの好きなものについて情報発信するだけでも、いくつもの記事で構成されたメディアができてしまうレベルの情報量になります。

 

あなたが今まで生きてきて興味を持ったものが複数あるのなら、情報を発信しきるというのは多分ムリです。

だから、嫌いなものを発信してる暇なんてないはずなんです。

もちろん、テクニックとして好きなものを伝えるために嫌いなものを使うということはあります。

でもそれがメインになってしまっては本末転倒です。

 

好きを伝えるために嫌いを使うのは良いけど、嫌いを伝えるために好きを使うのはオススメできません。

そもそも、嫌いを伝えるということは自分が好きなものに対しての自信がないという表れだと僕は思います。

好きだけじゃ不安だから、周りを落として安心しようとしているだけです。

 

つまり、周りの反応を気にしすぎなんですよね。

インターネット上でオラついてる人はだいたいの確率でビビリです。

 

「俺はこれが好き! ……え? あれ? みんなは好きじゃないの?」

ってなっちゃうパターンですね。

「俺はこれが好き!」で完結してください。

それでいいじゃないですか。

 

というかオラオラしてる暇があるなら、自分のメディアの構築に時間を使ってください。

周りを落とそうと頑張る前に、自分が上に行くために頑張りましょう。

 

良いとこ取りして「好き」を構成する

これが好きだからこれは好きになっちゃダメなんてことは絶対にありません。

現に僕はバンドミュージックもEDMもどちらも好きです。

家にいるときはバンドミュージックを聴くし、ランニングに行くときはEDMを聴きます。

 

 

ちなみに僕はこのBUMP OF CHICKENという邦楽バンドが大好きです。

BUMPの歌は心に染みます。

色々なことに気付かせてくれる。

 

EDMの定義がイマイチ分かりませんが、とりあえず有名どころを紹介しておきますね。

4年くらい前はよくクラブに行っていたのですが、だいたいこれが流れてました。

僕の目覚ましもこの曲です。

EDMは「このアーティスト」というよりは、「この曲」って感じですね。

正直誰が歌ってるのかとかあまり知りません。

そもそも英語分からないからなに言ってるか理解できません。

EDMはノリです。

パリピが聴くやつです。

とにかくテンションが上がります。

だから運動のときとか、単純作業を黙々とやるときにはオススメです。

 

この二つの曲では全然音楽のタイプが違いますよね。

でも僕はどっちも好きです。

 

結局自分の好きなものって良いとこ取りしたものなんですよ。

当たり前のことですよね。

でも、意外にそうできていない人が多い気がします。

 

「バンドミュージック派だからEDMとかクソ」

みたいな極端な意見にならないといけないとか、そんなことはまったくないということを理解して欲しいと思います。

どっちも好きでいいし、どっちも嫌いでいい。

 

別にルールなんてないんです。

だって自分が決めることなんだから。

中途半端でいいじゃないですか。

美味しいとこだけつまみ食いして、人生楽しみましょ。

 

人の好みはそれぞれ違うことを理解する

好きなものは綺麗に他人と分ける必要はありません。

何故かレストランに行くと、僕が「俺はこれにしようかな」というと一緒にいるやつは大抵「えー、俺もそれが良かったのに」とか言って違うものを頼もうとするんですよね。

「いや、じゃあこれにすればいいじゃん」って感じじゃないですか?

 

「俺はこれが好き!」「私はこれもあれも好き!」って感じで良いじゃないですか。

 

人の好みはその人が決めるものです。

みんな同じである必要はないし、みんな違うからこそ面白い。

みんな同じものが好きとか、みんな同じ考えかたとかつまんなすぎますよね。

 

違う意見があるからこそ、個人の主張に価値が生まれるんです。

みんな同じなら、個人の主張なんて必要ありません。

だって同じなんだから。

 

でもそうじゃないでしょ。

人間は機械じゃないんです。

みんなそれぞれ意見持ってるんです。

 

それが無かったら人間じゃないです。

ただの動く肉の塊です。

そんなやつ見たことありません。

僕の知人には、周りに流されまくって、仕事も全くできないダメダメなやつがいますが、彼ですらちゃんと自分の意見持ってます。

 

人は他人を理解することはできません。

共感はできますけど。

 

人間の脳はとても複雑なんです。

あなたが今この記事を読んでいるスマホやパソコンがどういった構成でできているか瞬時に理解できますか?

無理ですよね。

それよりも複雑な構成の他人の考えを理解するなんていうのは到底不可能な話です。

 

なので、他人に自分を理解してもらおうとするのは無駄なのでやめたほうが良いです。

共感してくれる人は必ずいるので、欲張らずにその人たちとの関係を大切にしましょう。

分からない人にはなにをどうやったって分からないんです。

 

だからこそ、伝えたかったことが一部の人にだけでも伝わったときって、すごく嬉しいんですよね。

情報発信は伝わる人にだけ伝わるからこそ楽しいんです。

 

さいごに

伝えたいことのために、何かを否定しなければいけない場面もあると思います。

そういうときはガッツリ否定していいと思います。

でも本当に必要なとき以外は否定よりも肯定に努めましょう。

 

自分が這い上がるために、周りを蹴落とそうとするのはダサいです。

むしろ周りと協力して這い上がった方がかっこいいんじゃないでしょうか。

 

なんでもかんでも競争しようとする必要はありません。

周り見ながら速度調整するくらいなら、前だけ見て全速力で走りましょう。

それで、気付いたら周りに誰もいなくて、寂しくてどうしようもなくなったら、その時はちょっと引き返してみればいいと思います。

 

 

他人の悪口言ってたって、成果には繋がりません。

劣等感なんてぶっ飛ばして、周りじゃなくて自分に焦点を合わせて見てください。

 

あなたが本当に伝えたかったことはなんですか?

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アオ

公務員という立場を捨てて、会社に雇われずに生きていく力を身に付けるためにブログやライブ配信などで情報発信活動をしています。基本面倒くさがり屋ですが、やるときはやります。素直な人間が好きだし、自分も素直に生きていきたいと思ってます。

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